カトリック神田教会

St. FRANCIS XAVIER CHURCH

ステンドグラス 第9窓

第9窓
天にのぼりて、生ける人と死せる人を裁くために再び来られるキリストを信じる。

このステンドグラスは、人間のイエスが、神の治める天の国に最終的に行ってそして再び戻って来ることを絵画的に表現している。世界の終わりに行われる裁きの日、キリストは最終的に悪性を破るために栄光の中で降りて来る。心の中に潜んでいる意図を露出し、一人一人の人間の行為や信仰に応じて裁きを行う。

1 ・2 、キリストと昇天を象徴している、へビを握る鷹。
3 、昇天されるエリア。
エリアの被昇天は、聖母マリアの被昇天や我らの被昇天の期待を現わしている旧約の予言である。「見よ、火の戦車が火の馬に引かれて現れ、二人の間を分けた。エリアは嵐の中を天に上って行った。エリシャはこれを見て、『わが父よ、わが父よ、[ . . ]』 と叫んだ[. . .]。エリシャの着ていた外奪が落ちて来たので、彼はそれを拾い、[ . . ]。J (王下2章11 – 13 節)。
4 、聖母マリアの被昇天。
開いている天を見上げていろ弟子たちに囲まれている聖母マリアは父の右手に座っているキリストを見ている。彼らの上に聖霊が見える。岩にはキリストの足跡が残っている。「イエスは、そこから彼をべタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。彼らはイエスを伏し拝んだ[. . . ]。」(ルカ24 章50 – 52 節)。「人の子が栄光を受ける時が来た。」(ヨハ12 章23 節)。
5 、最後の裁き。
「わたしはまた、大きな白い玉座と、そこに座っておられる方とを見た。[. . . ]死者たちが、大きな者も小さな者も、玉座の前に立っているのを見た。いくつかの書物が開かれたが、もうーつの書物も開かれた。それは命の書である。死者たちは、これらの書物に書かれていることに基づき、彼らの行いに応じて裁かれた。」(黙20 章11 – 12 節)。「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。J (マタイ25 章40 節)。虹の上に座っているキリストのもとには命の本が見える。さらにその下には、キリストを信じた者と、彼に逆らった者の姿が並んでいる。
6 、栄光のうちに地に再臨するキリスト。
「なお見ていると、王座が据えられ、《 日の老いたる者》 がそこに座した。[. . . 」その王座は燃える炎、その車輪は燃える火[. . . ]。見よ、人の子のような者が天の雲に乗り、《 日の老いたろ者》 の前に来て、そのもとに進み、権威、威光、王権を受けた。」(ダニエル7章9、13 – 14 節)。「あなたたちから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」(使1 章11 節)。「【 神はキリストを】すべての支配、権威、勢カ、主権の上に置き、[. . . ]すべての者をキリストの足下に従わせ[ました]。」(エフェソ1 章21 – 22 節)。

窓の配置

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本日の福音

  • 2019.04.24 復活の水曜日

     ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、 この一切の出来事について話し合っていた。 話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。 しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。イエスは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか《と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。その一人のクレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。《イエスが、「どんなことですか《と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。

     ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。 仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。《そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈊く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。《そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。 一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから《と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。 一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。

     二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか《と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、 本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。(ルカ24・13*35)

  • 聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation (c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

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