カトリック神田教会

St. FRANCIS XAVIER CHURCH

ステンドグラス 第8窓

第8窓
死者のうちから三日目によみがえったキリストを信じる。

この窓はキリスト教の一番大事な真実を、つまりキリストが一度陰府(よみ)に降ってから復活したことを表現している。「イエスは陰府(よみ)に降ったのは、罪人を救うためではなく、既にそこにいる正しい者を救うためである。」(「カトリック教会教理問答書」、166 項)

1 ・2 ・7 ・8 、復活を象徴している蝶々 。
3 、香料を持ってキリストの墓へ参る婦人たち。
岩の中で造られた墓の右側には、その入口を閉ざしていた石の上に天使が座っており、残った亜麻布を指している。岩の後ろから太陽が昇って行く。「週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。[. . . ]石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、[. . ]『 あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを探しているが、』 」(マル16章2 節)。
4 、以上と同じ空の墓の様子。右側には、柴の中でマグダラは庭師の姿を取ったキリストに挨拶をする。
この場面は、最初本人であることに気がつかなかった親しい人の目から復活の光栄を隠す秘密を表現している。
5 、「予言者ヨナの証」の表現。
魚の腹の中に三日間いたヨナは墓に葬られたキリストのシンボルとなった。「イエスは話し始められた。『今の時代の者たちは[. . .」しるしを欲しがるが、ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない。』 」(ルカ11 章29 節)。
6 、教会の最古伝統による、陰府(よみ)にくだり、アダムとエヴァに向かって手を伸ばしているキリスト。
「わたしはあなたのためにあなたの子になった神である。[. . . ]寝ている者は目を覚ませ。陰府(よみ)に居残るためにあなたを造ってはいない。わたしが死者のために命であるから、生き返りなさい。」(「大なる土曜日の法話」から)。陰府は岩にある青い色の深い隙間として表現されている。キリストの周りには正義の日である輪光が見える。その下にある倒れている扉や鍵は陰府の開いている入口を象徴している。

窓の配置

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本日の福音

  • 2019.04.24 復活の水曜日

     ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、 この一切の出来事について話し合っていた。 話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。 しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。イエスは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか《と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。その一人のクレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。《イエスが、「どんなことですか《と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。

     ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。 仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。《そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈊く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。《そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。 一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから《と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。 一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。

     二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか《と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、 本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。(ルカ24・13*35)

  • 聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation (c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

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