カトリック神田教会

St. FRANCIS XAVIER CHURCH

ステンドグラス


祭壇の中央正面にあるステンドグラスは、
細川晴美さんの作品です。
細川 晴美(ほそかわはるみ)

主な作品
カトリック神田教会
佐原カトリック教会
大垣市運動公園
千葉県流山市立図書館

マリア・テレサ・レクレフスカ(ヴィトラージェ工房)作のステンドグラス

第1窓 第2窓 第3窓 第4窓
第5窓 第6窓 第7窓 第8窓
第9窓 第10窓 第11窓 第12窓
 
第13窓 第14窓 2階  
ヴィトラージェ工房と設立者マリア・テレサ・レクレフスカの略歴
1956年 ヴィトラージェ工房の設立者であるレクレフスカ(1931年生)は、ワルシャワ美術大学を卒業(タペストリーを専攻)。卒業後2年間、パリの国立芸術学院とジャック・ル・シュバリエが主宰するアトリエ「ダールサクレ」にてステンドグラスを学ぶ。
1960 – 61年 ワルシャワの聖マーチン教会のステンドグラスを制作
1964 – 78年 ブロツラフの聖母マリア教会のステンドグラスを制作。これらの作品で、1976 年に“ブラザー・アルバート賞”(ポーランドの宗教芸術分野で最も権威のある賞)を受賞。
1966年 スイスのアスコナ町にあるプールのステンドグラスを制作。
1976年 パリより帰国し、テレサ・レクレフスカ工房を設立。
1976 – 81年 ノビソンチの聖マルへリタ教会のステンドグラスを制作。
1979 – 81年 チェンストコバの聖母マリア教会のステンドグラスを制作。
1981 – 83年 ブラツラフの聖アルバート教会のステンドグラスを制作。
1983 – 84年 アニンの聖母マリア教会のステンドグラスを制作
1990年 現在のヴィトラージェ工房に改名する(因みにヴィトラージェとは、ポーランド語でステンドグラスのこと)。
1984 – 91年 ワルシャワの聖アンドリューポポラ教会のステンドグラスを制作。
1991 – 92 年 アニンの聖母マリア教会のステンドグラスを制作。
1991年 ワルシャワのボス・ホテルのステンドグラスを制作。
1992年 モストスタル建設会社会議室のステンドグラスを制作。
1993年 PZUポーランド国立保険会社本部のステンドグラス制作。
1993 – 94年 ブデクスポ建築国際見本市(ワルシャワにて)のステンドグラスを制作。
都立芝商業高等学校のステンドグラス、壁画モザイクを制作。
1995年 埼玉県熊谷市の熊谷警察署庁舎のステンドグラスを制作。
1995 – 1997年 東京千代田区のカトリック神田教会のステンドグラスを制作。
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本日の福音

  • 2019.04.24 復活の水曜日

     ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、 この一切の出来事について話し合っていた。 話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。 しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。イエスは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか《と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。その一人のクレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。《イエスが、「どんなことですか《と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。

     ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。 仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。《そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈊く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。《そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。 一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから《と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。 一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。

     二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか《と語り合った。そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、 本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。(ルカ24・13*35)

  • 聖書 新共同訳: (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation (c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

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